
熊本県阿蘇市に佇む「西巌殿寺(さいがんでんじ)」は、阿蘇山の火山信仰・修験道の中心として1200年以上の歴史を持つ古寺です。
山門前に広がる大イチョウ、静寂の森に残る僧坊跡、本堂跡の開けた空間など、自然と歴史が溶け合う独特の雰囲気が魅力。
縁結び・無病息災を願う参拝者が多く、阿蘇観光の穴場的スポットとしても知られています。
・阿蘇修験道の中心地となった格式ある古寺
・紅葉シーズンに圧巻の黄色い絨毯をつくる大イチョウが名物
・本堂跡・僧坊跡など「失われた伽藍」が語る静寂の世界観が魅力
Contents
西巌殿寺の概要
| 名称: | 阿蘇山 西巌殿寺 |
|---|---|
| 読み方 | さいがんでんじ |
| 住所 | 〒869-2225 熊本県阿蘇市黒川1114 |
| 創業 | 726年 |
| 電話番号 | 0967-34-0928 |
| 参拝可能時間 | 24時間 |
| 社務所受付時間 | 8:00-17:00 |
| 御朱印有無 | あり:書き置き |
| 駐車場 | 無料:10台ほど |
| 例祭日 | 阿蘇山観音まつり(毎年4月13日) |
| 公式サイト | – |
| 公式instagram | – |
西巌殿寺のアクセス方法・行き方
・阿蘇駅から徒歩約8〜10分
・熊本ICから車で約60分前後
経路

西巌殿寺へ向かう県道沿いで見えます。
道路の先には、寺の山門が木々の間から静かに姿を現し、訪れる人をゆっくりと寺の世界へ導いてくれます。
左側に立つ「阿蘇山上 14km」と記された案内板は、ここが古くから続く“栄楽山道”のルートであることを示します。
かつて修験者が阿蘇山を目指して歩いた歴史を感じながら、西巌殿寺の入口へと向かう気持ちが高まります。

正面から撮影した山門は、西巌殿寺の入り口として迎えます。
落ち着いた木造の門に「天台宗 西巌殿寺」の木札が掲げられ、両脇に立つ「阿蘇七福神」ののぼり旗は、地元の信仰文化の一端を伝えてくれるポイントです。

案内板は、西巌殿寺と阿蘇山の関係がわかりやすく解説されています。
阿蘇中岳の噴火活動が、古くから山岳信仰の中心となり、修験者たちが祈りを捧げる舞台になってきたことを示しています。
特に目を引くのが、
・火渡り(火上り)
・湯立て(熱湯を浴び祈願する神事)
といった、現在も受け継がれている荒行の写真。
毎年4月13日の「阿蘇山観音まつり」で行われる重要な神仏習合の儀式として知られています。

西巌殿寺の「奥之院」への行き方がまとめられています。
奥之院は、阿蘇山ロープウェー近くにあり、“恋人の聖地”として縁結びのご利益で知られています。
地図には、
・現在地(西巌殿寺本坊)
・奥之院へのルート
・無料駐車場と有料駐車場の位置
がわかりやすく表示されており、初めて訪れる人でも迷わず参拝できます。
阿蘇山の自然と信仰をより深く味わえる“聖地巡り”の玄関口ともいえる案内板です。
駐車場

山門を通り抜けた先に広がる境内。
右側には本坊の建物が見え、左手の開けたスペースは参拝者が利用できる駐車場になります。
ここからさらに奥へ進むと、本堂跡や僧坊跡、三十三観音など、西巌殿寺の象徴的なスポットが続きます。
西巌殿寺の由緒・御祭神・御利益
由緒・歴史
西巌殿寺は、奈良時代の神亀3年(726年)、天竺(インド)から来た僧・最栄が阿蘇山西側の洞窟に十一面観音を安置したことが始まりと伝わります。
中世には山伏や修験者が集まる一大宗教都市として繁栄し、山上には本堂と37坊を含む多くの寺院群が広がっていました。
戦国時代の戦火で山上の伽藍は焼失し、江戸時代に加藤清正が麓へと再建。
明治の神仏分離でも大きな影響を受けながらも、観音信仰の中心として続いてきました。
2001年には火災で本堂が焼失し、現在は本堂跡と古木が残る静謐な参拝空間となっています。
ご本尊
| 十一面観世音菩薩 | 観音菩薩の変化身のひとつで、あらゆる方向から人々の苦しみを見つけ、瞬時に救済する存在として信仰。その名の通り、頭部に十一のお顔(十の小面+正面の本面)を持ち、それぞれが異なる表情で人々の悩みに寄り添う。 |
御利益
| ご利益 | ・縁結び・良縁成就・無病息災・心願成就・厄除け |
西巌殿寺の御朱印
納経所

境内奥にある納経所は、木造の温かみを感じる建物です。
御朱印やお札の授与はここで行われており、住職さんや寺務員さんが丁寧に対応してくださいます。

納経所の入口には、令和7年1月から御朱印料が300円 → 500円に変更されるお知らせが掲示されています。
御朱印を目的に参拝される方も安心してお尋ねできるのではないでしょうか。
御朱印

薬師如来を中心とした御朱印。
力強い墨書に加え、薬師如来を象徴する梵字と火炎光背の朱印が押され、荘厳な雰囲気を感じさせます。
右下には“火山の絵”が朱印として添えられており、阿蘇山信仰の寺である西巌殿寺らしい特徴が強く表れています。

十一面観音を主題とした御朱印。
中央に大きく描かれた火炎光背の朱印はとても迫力があり、観音信仰の深さを感じさせます。
右側には「百八観音・第88番札所」の金色スタンプも添えられ、複数の巡礼ルートの重なりを持つ寺院であることがわかります。

御朱印の見開きバージョンで、左側には和歌が添えられています。
わかくさの
つみにかかわりて
もえいづる
けむりぞかみの
すがたなりけり
これは阿蘇山の噴煙を“神の姿”として詠んだ歌で、火山信仰の本質を捉えた内容になっています。
右側には先ほどと同じ十一面観音の御朱印が力強く書かれ、
阿蘇の自然信仰 × 仏教の観音信仰」という西巌殿寺らしい世界観がそのまま一冊に収められたような構成です。
御朱印は3枚ほど提示されますため、お好きな絵柄を選べます。
パンフレット
阿蘇山の火口を大胆に写し取ったパンフレット表紙です。
西巌殿寺はこの阿蘇山信仰の中核を担ってきた寺院であり、火山と共に生きてきた人々の祈りの歴史を理解するうえで、この表紙はまさに“入口”となる一枚です。

江戸時代に加藤清正が再興した「坊中」の様子が描かれた絵図が掲載されています。
西巌殿寺を中心に、多くの僧坊が立ち並ぶ壮大な宗教都市だったことが一目でわかる貴重な史料です。
右側には、
・当時の37坊の存在
・山伏による登拝の道
・明治の廃仏毀釈による衰退
などが丁寧に記載され、現在の西巌殿寺に残る僧坊跡へとつながる歴史の流れを学ぶことができます。

パンフレット裏面には、阿蘇山が「古くから神と仏が共に祀られる場所」であったことを記す文章が配置されています。
火山は恐れの対象であると同時に、人々の祈りを集める神聖な場。
その象徴的存在として、阿蘇山の上空から撮影された全景が大きく載せられ、自然の圧倒的スケールが伝わります。

こちらは、西巌殿寺が「百八観音霊場・第88番札所」であることを示した案内カード。
中央には寺紋が金色であしらわれ、落ち着いたデザインながら格式の高さを感じさせます。
札所巡りを行う方にとっては欠かせない1枚です。
西巌殿寺の境内の様子
本坊正面

西巌殿寺の境内奥に建つ本坊の正面です。
入口には「開創一千三百年」の赤い幟が立てられ、奈良時代から続く阿蘇山信仰の深さを象徴しています。
扉の向こうには御朱印の授与所があり、参拝の拠点として多くの巡礼者がここを訪れます。
境内子安観音

境内の静かな木立の中に立つ子安観音像は、訪れる人を優しく迎える存在です。
蓮華座に立つ姿は端正で、子授け・安産を願う参拝者から長く信仰を集めてきました。
観音像のそばには大きな石碑も置かれており、歴史ある祈りの場として守られてきたことが感じられます。
境内小池

境内の奥まった場所にある小さな池は、澄んだ水面に木々が映り込み、静寂に満ちた癒しのスポットです。
水面には睡蓮の葉が浮かび、近づいてよく見ると魚が泳ぐ姿も確認できます。
境内坊主跡

境内に残る「学頭坊跡(がくとうぼうあと)」の標柱は、西巌殿寺がかつて阿蘇山の修験道における重要な拠点であったことを物語っています。
学頭坊とは、山伏たちの修行や学びの場として機能した僧坊のひとつ。
現在は建物こそ残っていませんが、周囲の庭木が丁寧に手入れされており、往時の営みを静かに伝えています。
仲小路門

西巌殿寺の参道入口にあたる仲小路門です。
苔むした屋根瓦と、長い年月を感じさせる木造の門が、訪れる人を静かに迎えます。
両脇には古い石灯籠が立ち並び、阿蘇の深い森と歴史に包まれた神仏習合の空気が漂います。

仲小路門横に設置された案内板には、車で訪れる参拝者に向けた駐車場へのルートが丁寧にまとめられています。
境内周辺は山の地形が複雑なため、初めて訪れる方でも迷わないように配慮された設計です。

仲小路門をくぐると、目の前に広がるのは巨大なスギ林に囲まれた参道です。
まっすぐ奥へ伸びる石段の先には、静寂と神秘が満ちた世界が続いています。

仲小路門から本堂へ向かう石段は、かなりの急勾配です。
石段の両側には杉木立がまっすぐに伸び、誰もいない時間帯は鳥の声と風の音だけが聞こえます。

石段を登り切って振り返ると、仲小路門が遠く小さく見え、参道全体がより幻想的に映ります。
石段の中央に伸びる手すりが参拝者の安心を支え、長い石段が積み重ねてきた時の流れを感じさせます。
法華塔

小さな社殿と石灯籠が並ぶこの一角は、かつての修験者や参拝者が祈りを捧げてきた重要な場所。
中央にある木造のお堂には仏像が祀られ、手前に立つ石塔には「法華塔」と刻まれています。
足手荒神堂

木々に囲まれるように建つ足手荒神堂は、素朴で温かみのある造りが印象的です。
西巌殿寺の修験文化を象徴するスポットのひとつで、歴史の深さを感じられる空間です。

足手荒神堂全体です。
木々の緑が覆い、堂前の石灯籠とともに穏やかな空間を作り出しています。
堂内の中央には修験道の祖・役小角(えんのおづぬ)の石像が祀られています。
両脇には男鬼・女鬼の像が控え、役行者が鬼たちを従え修行したという伝説を象徴しています。

説明板には、足手荒神の由来が記されています。
かつて御船城主・甲斐宗立が戦いで敗れ、この地で亡くなる際、
「我が死後は、この地にとどまり、人々の手足の病を守る神となろう」
と伝えたことが起源とされています。
そのため足や手の病に悩む人々が、手形・足形の絵馬を奉納して祈願する習わしが広まりました。
足手荒神堂:鏡石

足手荒神堂の前に置かれた丸い黒石は、古くから伝わる「鏡石(かがみいし)」です。
この石を撫でて体の痛む部分に触れると、不調を石が引き受けてくれるといわれてきました。
足手荒神堂:男鬼・女鬼

男鬼・女鬼と思われる石像の姿は丸みのある造形ながら表情は力強く、修験の世界観を感じられる独特の迫力があります。
鬼が持つ道具や姿勢にも歴史的意味が込められており、参拝者の目を引きます。

中央には石仏が安置され、周囲には供えられた花が彩りを添えています。
木造の小さなお社と素朴な石仏の組み合わせが、どこか懐かしい山里の信仰を感じさせます。
公孫樹

西巌殿寺の境内に立つ「公孫樹(いちょう)」を示す石碑。
市指定天然記念物であることが刻まれており、このイチョウが地域の歴史と信仰に深く結びついてきたことがうかがえます。

境内にそびえる公孫樹は、まさに寺の守り木ともいえる存在。
幹回りの太さから長い年月を生きてきたことが分かり、枝葉は大きく四方に広がり、訪れる参拝者を包み込むような優しさがあります。
秋には鮮やかな黄金色に染まり、境内を明るく照らす“光の木”へと姿を変えます。
阿蘇檜

こちらの石碑は、「西巌殿寺の阿蘇檜」を示す天然記念物標柱。
昭和53年に指定されたことが刻まれており、長い年月にわたり守られてきた貴重な巨木であることが分かります。

写真に写る阿蘇檜は、圧倒的な高さと存在感を誇ります。
見上げてもてっぺんが見えないほどの巨木で、まるで天に向かって祈りを捧げているかのような佇まいです。
西巌殿寺のギャラリー



























